17期新年会
- 日時:
- 2016年2月6日
- 場所:
- 海釣り
毎年ほぼ同じ顔ぶれです。参加できるということは元気な証拠なのでしょう。各人が現状や今年の抱負などを発表しました。
老人大学入門、三宮で絵画の個展開催、まだ現役、健康問題、ボランティア、新住所録発行、等々の話題でした。
皆さん参考になったかどうかはさておき、楽しいひと時を過ごしました。
次回は有馬温泉です。
福田記
六甲伯友会のオフィシャルサイトです。
毎年ほぼ同じ顔ぶれです。参加できるということは元気な証拠なのでしょう。各人が現状や今年の抱負などを発表しました。
老人大学入門、三宮で絵画の個展開催、まだ現役、健康問題、ボランティア、新住所録発行、等々の話題でした。
皆さん参考になったかどうかはさておき、楽しいひと時を過ごしました。
次回は有馬温泉です。
福田記
東京地区港会長より冒頭に昨年は無事元気で過ごせたことの挨拶と乾杯で新年会はスタートしました。いつも遅れる角田君も早々出席し、21名と大勢の方が参加されました。
関西からも姫野君や鳥取から川上君が出席してくれ1年振りの方も多かったものと思います。喜多君から16年度の行事日程のお知らせと石黒君から「いわき」での「コンサート&ゴルフ」の案内がありました。
会は昼食を済ませた頃から久方ぶりの方からスピーチがありました。健康に関する話題がいつも多いのでそれは避けてという会長からのお達しもあり、日々の活躍ぶりが垣間みれる話になったのではと思います。西林君からは昨年は一人も欠けていないのではとのコメントがありまた、同窓の近日の情報の報告がありました。参加している人のなかには病と戦っている方も結構いるのですが仲間の集まりには元気な顔を見せてくれています。また、来年も集まりに参加出来ることを祈りました。
皆さん元気で写真に写っていると思います。(田嶋 記)
(PS:19期ホームページはhttp://home.c04.itscom.net/rokko19/)
44期の約1年半ぶりの同窓会は、在校中6年間指導していただいた古泉先生の校長ご就任をぜひお祝いしようと企画しました。
この年末年始は一般的に休暇期間が短かったため、どのくらい集まれるか少し心配しましたが、それでも最近よく集まるメンバーを中心に里帰り組も含め25名の同期が参加し、中には卒業後初めての参加という人も数名いました。それでも集まればすぐに楽しかったあの六甲での日々に戻れるのが六甲の素晴らしいところで、時間の許す限り皆が思い思いに近況報告や思い出話に花を咲かせました。また子息が母校に在学中だったりすでに卒業したという人もいたりして、そういう意味ではやはり時の流れを感じずにはいられませんでした。
そして、古泉校長先生からは、六甲の近況をつぶさにお話しいただき、伝統ある強歩会の存続が危ぶまれましたが何とか継続の目途がついたことや、在校中にお世話になった他の先生方の近況等もお聞かせいただきました。また、約3年前にご結婚されましたが、奥様の姓に改姓されたのも、それを機会に全てを変えようとのご決意であったとか。少数派を好み(ご本人談)、どんな時でもわが道を行かれる先生ならではのエピソードを披露していただきました。
最後に、校長ご就任に加え、ご結婚、さらには還暦など諸々のお祝いの気持ちを込めて、44期全員から、先生には「赤のちゃんちゃんこ」ならぬえんじ色のダウンベスト、それに奥様用の紺色のお揃いのダウンベストをセットにして、お渡しいたしました。ご夫妻ともに大変喜んでいただけたようです。ただ、ある程度想定はしていましたが奥様の方はサイズがかなり大きかったようで、わざわざお店に交換に行っていただくという後日譚。ひとえに幹事の不行き届き、こんな年齢になっても先生ばかりか奥様にもご迷惑をおかけしましたこと、平にお許しください。
何はともあれ、古泉校長はわれわれ44期にとっては時が経とうともいつまでも「サクリン」であると、ご本人の前で確認(古泉先生とお呼びするのがまだ不慣れなもので・・・失礼しました)させていただき、先生を母校の校長に頂いたからには一緒になって母校を盛り上げていこうという熱い思いを共有してお開きとなりました。
適当な幹事のため同窓会は不定期ですが、次回以降もさらに参加者が増えていくよう願っております。
(44期幹事 加古 裕二郎 記)
間もなく喜寿を迎える15期。卒業時134名。優等生から、青白き秀才にとんがった英才?と個性豊かな多士済々の六甲健児もすでに32名が鬼籍入り。
今ではすっかり丸身(味)をおび好好爺そのものという面々。特別参加の奥方も含め29名が参集。いつもながらの大盛り上がりとなった。前年までは年10回ほぼ毎月のように集まっていたが寄る年並みもあり年5回へ。東京組は春秋2回であったが次回からは昼間開催となるー 歳とともに遠路をたどる夜道が怖くなったものか 満員電車がつらくなったものかー。
地元神戸は家業を継ぎ今でも現役という輩が多い そういう輩は特に今もぼける事なく元気そのものである。“学校時代成績の良かった者ほど痴呆症が出ているのではー?”と健在ぶりを豪語する卒業時ビリを記録したツワモノの自慢話。新婚3年目の輩もおり最近は少しノロケ度は落ちたものの今だ気持は青春を保つ。永年鉄道事業に貢献しまだまだボケておれないと九州の墓地会社の難しい運営を引き受けさせられている本田輩による開宴の辞に始まり、東京へ転居する梅地画伯の惜別の辞。毎年、東チイモールザビエル学院への寄付の為のオークション用にと丹精こめた自家製燻製をさげて東京より元JAL名機長の余田輩。ロウサンゼルスから駆けつけた藤野輩による最近の米国世相話等々盛り沢山の内容と話題の数々に美酒美味を楽しむ3時間余でありました。
最後は恒例 石井輩の手締めで来年も元気での再会を祈念し散会後 神戸ルミナリエで湧く夜街へー。
鹿児島から参加のU君の司会のもと、心臓に毛が生えて益々元気なK君の挨拶で始まり、乾杯の音頭は口腔内トラブルで滑舌の悪い割に良くしゃべるS君が行いました。
66才の爺さんが30人も集まると、どうしてもお互いの健康問題が挨拶代わりになります。自営業、医者以外のサラリーマン達は65才を境にほぼ完全リタイヤとなり、次の話題は如何に毎日の時間を過ごすかが中心で、ワイワイガヤガヤと盛り上がっていました。
ヨット三昧の人、来年1年間で50名山を登山すると言う人、釣りを始めて同行者を募集する人、60才にして初めてテニスを始めた人、奥さんの実家で畑仕事を楽しむ人、等々皆さん、過去44年間の蓄えに対する「消耗戦」に突入した訳ですが、それなりに忙しく充実した日々??を過ごしているようです。
そしてK君が準備してくれた六甲学院讃歌、校歌を大声で斉唱後、来年7月の再会を約束して散会となり、ルミナリエでごった返す三宮の街に別れて行きました。
(報告者 一宮)
12月2日から3日にかけての忘年会、ゴルフでした。
ゴルフでは浅井さんが途中棄権もありましたが、岸さんの優勝、2位は鈴木一生さん、3位は岩津さんが獲得して終わりました。
4:00からのラコンテでの忘年会にゴルフ組は一時間以上遅れて到着、早々から来ておられた方には迷惑をおかけ致しました。鈴木清さんの急遽参加もあり、麻雀組は盛り上がりました。カラオケ組の盛り上がりは言うまでもありません。
ところで、皆さん、歳とともに忘れ物が増えましたが次回からはしっかりしましょう。
次回の新年会は幕の内が開けてからになります。会場も「海釣り」からマンネリを打破すべく変えようと言う話があります。
大阪上本町の暇人
最近は全体の同期会の他に出来るだけ集まり易いエリア別(神戸市兵庫区以西を「すまうら会」、中央区以東を「阪神会」、関東地区を「関東会」)の懇親会が主流となってきたので、3エリアが順次幹事となって、全体の同期会を開催しようという事になった。しかし、私達もとうとう後期高齢者の仲間入りとなり、神戸or東京に全員が集まるのは体力的にも経済的にも困難となってきたので、今回は関西と関東別個に同期会を行った。
今回は「すまうら会」が当番幹事なので、いつもと同様、金井君のお世話で須磨観光ハウス「花月」での開催となった。開始30分ほど前から三々五々集まって再会を喜び合い雑談が始まったが、中には久しぶりの再会で「お前、誰やった?」との会話からのスタートもチラホラ。「すまうら会」幹事の木藤君の司会で「すまうら会」(26名中3名逝去、本日出席13名)、「阪神会」(34名中1名逝去、本日出席14名)、「関東会」(11月25日開催予定で本日の出席なし)、「北海道・中国・九州」(3名の近況)の状況報告と今後の伯友会名簿説明の後、木藤君の乾杯でスタートした。全員の近況報告は時間的に無理なので抽選による15名としたが、興が乗ってきて金井君の配慮で、結局全員が喋る事が出来、和やかで楽しい懇親会となった。最後に庭に出て記念撮影を行ったが、その後も、別れがたく再開を約してようやく終宴となった。次回は来年秋、「阪神会」幹事で開催の予定。
(吉岡啓次 記)
東京駅から徒歩3分のお店にもかかわらず、約20分も周りを徘徊する人も数名いましたが、全員和気あいあいと楽しい会合であった。老齢化に伴う関東同期会の進め方についてもいろんな意見が出され、次のようにすることが確認された。
来年は3月28日~31日のいずれかの予定。なお、メンバーが少なくなってきたので、土田君の紹介で2年前から甲陽学院OBとの合同コンペ「六陽会」として開催している。
最後に、出席者全員の健康状態を確認して来年の再会まで頑張ることを誓い合って散会した。
(写真撮影を忘れてしまいました)
(岡田俊一 記)
六甲学院創立75周年をきっかけに、秋に始めた同期会は今年で4回目となりました。司会は恒例の佐々木君です。まずは藤本君から今年の初めに亡くなった南新君についての報告があり、全員で黙祷を行いました。続いて初参加となる武田君、松井君、バンコックから初参加の城江君の挨拶で乾杯を行い、おいしい料理とともにうまい酒で昔話に花を咲かせました。
今年も当時最若手の先生だった飯塚先生と埜藤先生をお招きしました。現在、英語教員を目指す学生を大学で教えておられる埜藤先生からは、生徒の親への対応の仕方、政治的に偏っていると言われないための方法など学生が食いついてくる話題についてのお話を、今年も六甲で教壇に立っておられる飯塚先生からは、生徒の親からのクレームについてのお話をしていただきました。
千葉から参加の和田君からは伯友会関東支部での話、林から学校法人の合併についての話を行い、鶴田君から次は来年春にゴルフ、秋に懇親会とゴルフを行う予定であることの話がありました。今回参加できなかった同期の方も、ぜひ次回は参加をお願いします。
最後に、しゃぶ禅三宮店に置いてあるメルシュさんの机を中心に写真を撮りました。
参加者の約半数が生田神社の横のBar Kanechoに場所を移し、2次会で更に親交を深めました。
なお同期会に先立って当日、六甲CCにてゴルフコンペを行いました(参加者:大畠、斉藤、佐々木、鶴田、原田、森、吉村(萩原))。Wぺリアにより優勝は大畠君、ベスグロは佐々木君でした。吉村君がゴルフのみの参加のため、表彰式は現地にて行いました。
(林)
我々が卒業してから早いもので50年、記念に残る同窓会にしようということで企画された今回の同窓会は第一部が母校見学、第二部がベイシェラトンホテルでの懇親会、それと記念に企画された記念文集作成の三本柱でした。
先ず文集は前年夏、「来年は卒業から50年の同窓会に記念に残る催しとして何かいいアイデアはないか」という幹事の呼びかけに同期の横田君からの提題で記念文集案が出され、西宮の焼き鳥屋や三島君のマンション集会所で何回にもわたって協議し、当初余り乗り気で無い人もいたが、予算の策定、表紙や題字の具体案等検討を重ね29名プラス山下健司先生からの原稿が集まり、文集が無事できあがりました。表紙の校舎の絵は市山君、題字は尾市君、その他卒業アルバムより写真を借り、81頁に及ぶ立派な文集「卒業50年に思うこと」が出来上がったのは、同窓会開催日の丁度一週間前でした。
迎えた同窓会当日、午前の母校訪問に出席してくれたのは36名、先ず武田総務部長に学校の最近の状況説明をして貰い、その後講堂や新校舎を案内して頂きまし た。特に私たちの時代無かった給食を利用し、美味しい昼食を味わえたのは新鮮でした。又、授業風景見学では私たちの時代おられなかった女性の先生の授業を見せて頂き、時代の流れを感じると共に、ああいう先生に教えてもらえると、さぞ良く勉強出来るだろうと羨ましくもありました。又最上階の図書室での大パノラマ風景には圧倒されました。屋外に出て一番に眼に入ったのはすっかりかっこ良くなった人工芝のサッカーグラウンド、次に自然を満喫した庭園を見て回り、昔を思い出し年月を重ね緑濃くなっている風景に感心しました。最後にスポーツを楽しんだ第三グラウンドにも足を運び若かりし頃の懐かしい思いに浸りました。
午後3時より場所を変え神戸ベイシェラトンでの懇親会、50年の節目ということもあり昨年より13名も増え48名が集いました。又、来賓には在校時国語を教えて貰った山下健司先生にもご参加頂きお言葉を頂戴しました。尾市君、近藤君をはじめ卒業以来、初めて会う人、海外より駆けつけてくれた人、遠く東北からの参加者も有り、いつも通り全員が順番に近況報告すると共に、懐かしい話に花が咲きあっと言う間の時間でした。近況報告中には、来年美術部の仲間が集まって展覧会を開催するという元気な話題も決まりました。来年元気でより多くの人が集えるよう祈っています。
会の企画、運営に携わってくれた幹事、司会他の皆様に感謝致します。
伊藤眞人
この企画は昭和49年3月に六甲学院を卒業した31期生が還暦を迎えるにあたり一堂に会し、これまでも、さらにはこれからも昔と変わらぬ仲間意識のもと日常の日々の中で埋もれてしまった大切な何かをを確認しあうことを目的として開催された。
卒業して40年余り過ぎ、母校は新しい校舎に建て替わり周辺の家も増えたが、その精神は変わっていない。その証として71名の同期生が全国から集まった。二次会では高校2年時の修学旅行と高校3年次の体育祭のDVDを上映し、全員が昔にかえって楽しんだ。なお、還暦同期会の準備を始めて約1年、この間酒を飲んでばかりという声があるものの、準備している仲間はあらためて随分仲良くなり、この同期会を機にさらなる懇親を深めていくこととなった。これからも遊ぶ機会はたくさんあり、現在60歳であるが、2年後には入学50週年、8年後には卒業50周年、それから古稀、名目はいくらでもつけられる。今後も、仲良く大いに楽しもうと誓い、散会となった。
なお、この還暦同期会を契機として、「31CLUB」と称した飲み会を隔月の31日に梅田の某会員制倶楽部で開催し、同期集り「お遊び計画」を企むこととなった。
31期 三宅 記